「帰属意識」をカタチにしたら? から生まれた新製品
これだ!と納得のいくデザインができた時は高揚感に包まれますが、すんなりうまくいくことは少ないものです。この時も新商品企画のデザインに悩んでいました。思考はループするばかりで、こうしてデザインの仕事をしているのは、二人の兄の影響かもしれないななどと思い出にふける始末です。
男ばかり三兄弟の末っ子である僕は、少し歳の離れた兄たちに憧れに似た気持ちを持っていました。兄の部屋にある本や音楽のCD、ポスターなど何もかもが新鮮で、兄が不在の時にコッソリ入って見たりしていたのを今でも覚えています。
特にすぐ上の兄は音楽が好きで、日本にヒップホップが最初に入ってきて盛り上がっていたのが直撃した世代。ヒップホップに関する資料がたくさん兄の部屋にはありました。中でも僕が影響を受けたのはアート系の分野でした。中学生の頃には、真似して英語の文字をソレらしく描いて、友人に褒められたこともありました。そのうちに、先輩がやっているイベントのフライヤーデザインや、ロゴデザインを頼まれて描くようになって、喜んでくれる人がたくさんいて、それが純粋に嬉しくってという繰り返しで、今があります。
そして現在の僕はデザイン部署に所属し、みなさんにお届けするクリスタルトロフィーを企画・デザインすることを主な仕事としているというわけです。トロフィーという枠に囚われないプロダクト作りも視野に入れているので、クリスタル製品の企画・デザインといった方が正確かもしれません。クリエイティブで楽しいこともありますが、今回のようにアイデアが出なくて困ることも多いです。
ただ、兄たちからの影響でデザインへの興味を見出したように、何かをする時に、人からの刺激を大切にしているという側面が僕にはあるような気がします。実は、今回の新商品企画でも「社長って自分の会社が好きなんだよね」という社長のつぶやきが刺激になりました。自分も「好き」からデザインに携わる仕事に就いたので、「自分の会社が好き」というフレーズに共感と興味が湧いたのです。新商品企画の糸口になりそうだなと引っかかったのですが、ここからが長い道のりでした。
■迫る新商品企画会議に焦る日々
これだと思える案が浮かばないまま、日々の業務に追われ、新商品についての企画会議の日程が迫ってきていました。コーラを注いだグラスに水滴がびっしりついています。だいぶ考えごとをして時間を過ごしていたようです。「このガラスのコップも競合他社か」などとのんきに呟いている場合ではないと頭を振りました。
クリスタル製品はいわゆるガラス製品の1つです。ガラス製品の市場には、トロフィーに限らず、食器、照明、家具などかなり幅広い商品が出回っています。僕の仕事は、その中で、新しい価値をもったクリスタル商品を生み出すことなのです。でも、新しい価値を見出したコップでないことは確かです。いやコップでもいいのかもしれませんが、半世紀も前に徽章屋として創業してから、トロフィーや社章(会社バッジ)を取り扱っている会社として、やはり記念碑的なそれ自体に確かな意味をもたせたものを考え出したいと思っていました。
会社帰りに東京の立川駅界隈を歩いてみることにしました。看板やショーウィンドウのデザイン、そこかしこにあるポスター、無料フライヤー、行きかう人々のファッションに持ち物、直接関係があるとは思えないものの、何かクリスタル製品につながるヒントがあるかもしれないと思ったからです。
立川駅北口の広場を横切った時にウサギのオブジェが目に入りました。立川市公認キャラクターの「くるりん」です。見上げるほど大きな造形物なのに、足を止めて見る人はいません。自分だって数えきれないくらい、このオブジェの前を通り過ぎたのに、まじまじと見たのは初めてだったので、そんなものなのでしょう。抽象化されたウサギ、頬っぺには蚊取り線香のようなピンク色の渦巻があり、後ろにまわると尻尾が花と化しています。あとで調べたところによると、立川市の花のコブシを模しているとのことでした。
「ゆるキャラならたくさんいるから、ご当地キャラクターをクリスタルの置き物にするというサービスはどうだろうか」。ただ、クリスタルで作るとなると、細部を再現するのが難しいかもしれないと、すぐに思い直しました。それに、そもそもご当地キャラはグッズ展開が豊富なので、すでに、ぬいぐるみ、缶バッジ、キーホルダーなどありとあらゆるグッズになっているだろう。そんなところに入り込む余地があるだろうか? ご当地キャラクターのクリスタル化はないなと思い直し、もっとクリスタル製品に馴染みやすいデザインとなるとと、考えを巡らしました。
「社長って自分の会社が好きなんだよね」
引っかかっていた社長の言葉がリフレインします。少なくとも社長の数だけ、会社を好きな人がいると考えると、会社をクリスタルにするという発想もいいかもしれないなと思いました。会社といっても、実像があるわけではないので、さらに考えを進めた先に「社名」や「ロゴマーク」が浮かびました。今僕がいる会社には、バッジ製作を請け負う部署もあって、僕自身も企業ロゴには慣れ親しんでいます。それにもともと、有名どころでいえば「FedEx」のロゴの矢印(→)のようなギミックの利いたロゴデザインが好きなこともあって、ロゴにまつわる商品をつくってみたいと思い始めました。
■「社長の想い」が込められた自社ロゴ
新商品企画のことを詰めたいところでしたが、ひとまず同時並行で走らせている急ぎの企画に取り掛かっていた時に、社長室に呼ばれました。企画・デザイン部署は社長直轄ということもあって、僕は社長と直接やりとりする機会が他の社員よりも多くあります。社長から声がかかることも多いので、今回も急ぎの案件のことだろうと、さほど構えずに社長室に向かいました。が、社長の言葉に息をのみました。
「新商品企画って進んでる?」
「えっ、ああ、はい、まあ、その……」としどろもどろになりながら、「企業ロゴをクリスタルにしたらいいかもしれないと思っています」と、まだ思いついただけの案を口走っていました。
「いいね、それ! わかりやすくまとめてくれる?」
「あっはい、わかりました」
これで、もう後に引けなくなりました。なんとか形にしなければと焦りながら次の一声を待っていると、思いがけず社長のロゴへの想いを聞くことになったのです。
アワードライフ運営元である立川徽章のロゴは、数年前に創業当時のものから変更されたのですが、そのことに触れて「大きな決断だったんだよね」と社長は口を開きました。先代からバトンを受け継ぎ走り出してから、世界的な不況のあおりを受けるなど、経営には苦しい時が多々あったそうです。しかし、アナログからデジタルへの移行を敢行し、取り扱っていたバッジや表彰品などの専門店サイトを立ち上げることで、活路を見出してここまで来たと言います。
そして、経営が軌道に乗ってきて、これからを見据えた時にロゴを一新したいという気持ちが沸き上がってきたんだそうです。新しくなった立川徽章のロゴは、徽章屋として大切にしている表彰文化の「心・魂」を日本の象徴である「日の丸」に重ね合わせて、「人の手」と「トロフィー」がやさしく包み込むデザインになっています。重なり、だんだんと大きくなるカップに、表彰文化を日本中へ、そして世界へと広めていきたいという熱い想いを込めて、カラーの赤は情熱を表したとのことでした。
先代社長と現在の専務とが創業当時から使用しているロゴを変更するわけですから葛藤もあったのだと推察しますが、それほど社長としての想いや理念をロゴマークに込めたかったのだと知りました。きっと、世の中にあるロゴも、同じようにそれぞれの想いが込められているのだと改めて思いました。